今までホームページ上にあった「ひとりごと」を廃止することにしました。過去2年間の雑文のうち一部をここに転載しました。

九九の話 2002,4,5

朝、家の前の道路がいやににぎやかだ。ああ今日から学校が始まったのだ。2週間ぶりに通学路になっている前の道が活気を取り戻した。ふと、昨夜寝つかれないまま、読んだ国語学者の金田一 春彦先生の「ホンモノの日本語話してますか」を思い出した。一節に日本語だから九九を覚えられるとあり冒頭に日本語ではいち、に、さん、し。と じゅう まで行くじゅう と いち
を足すと「じゅういち」になる。こんな覚えやすい数の表し方は欧米ではない。なるほど英語でテンとワンを足して テンワンとは言わない。また 日本には九九というものがあり、小学校2年生で掛け算が出来てしまう。欧米では九九にあたるものがない、だから式を丸暗記にするしかない。したがって、掛け算は不得意だ。そういえば、今年度から小学校も週休2日になる。最近、子供の学力低下が騒がれているようだが、大丈夫なのかな?学校へ向かう小学生の列を見ながら、考えた。なんだ、今は電卓があるじゃないか。パソコンもあるし、自分で納得してしまい、一人で苦笑いしてしまった。 

ところ変われば 2002,7,12

 先週の日曜日、所要のためJR御殿場線に乗る機会が会った。休日朝のためか、2台の券売機は、切符を求める乗客で行列が出来ていた。沿線のゴルフ場に行くのか、初老の紳士のグループが、この券売機は故障だと騒いでいる。金額表示欄の金額が全部点灯している。駅員が呼ばれ
たが、苦笑して、お金を入れて見てください と言っている。渋々何枚かのコインを入れた
その金額を示す欄までが再点灯しそれ以上の金額は消灯した。御殿場線はJR東海である。
分割民営化され10年以上経過。券売機もJR東日本とは、形式が変わってきたのが戸惑いの原因だった。中型のボストンバックをかかえたグループは、山間の谷峨駅で、ゴルフ場からのマイクロバスに乗り込むのを車窓から見送った。最近はゴルフ道具は宅配便で先に送るのか、身軽にゴルフ場に向かうようになった。

ミカンの北限 2002,11,4

昨日、松田山に登った際、ハーブ園周辺のミカン畑。たわわに沢山の実をつけた木々を見てフト中・高校時代を思い出した。学校のすぐ北側に弘法山があり、度々頂上まで登らさせられた。途中南斜面には今は住宅地となり無いがミカン畑があった。そのミカンの木の貧弱だったこと木も小さかったが実も一本に数個しか実ってなかった。なにしろ丹沢山塊を背にした盆地の土地柄松田と比べ、冬の寒いこと。なにしろミカン畑のあることさえ不思議に思った。会社勤めで東海道線で通勤するようになり温暖な大磯までの線路の北側、南斜面には松田と同じ秋になれば、黄色いたわわに実るミカンが眺められた。花水川を越え平塚に入ると途端に庭木にもミカンの木があまり見えなくなる。このあたりがミカンの北限かなーと思った。この雑文を書くにあたりミカンの北限をインターネットで調べたら下記のURLに、ある新聞に茨城県内のミカン狩りの記事があり「北限ミカン」とキャッチフレーズがあった。とあるので、この辺までは採算は別としてミカン栽培の北限とは、驚いた。興味のある方は下記URLをご覧下さい。
http://member.nifty.ne.jp/BXP05442/j4_141mika.htm

松田山のみかん
Auld Long Syne 2002,12,27

クリスマスも終わり、トップページBGMも white Christmas では と Auld Long Syneに変えた。ふと 昔の映画 「哀愁」原題 Waterloo Bridge を思い出した。ヴィヴィアンリーと ロバートテイラー主演の 悲恋メロドラマである。1940年の映画で ロンドンのウォタロー橋の出会いから始まり、キャンドルライトクラブでのこの映画のロマンティックなハイライトシーンにこの曲が非常に効果的に使われている。物語は悲恋に終わる。
 クラシックな Waterloo Bridge が 非常に印象に残った。もう30年位前、初めてロンドンを会社の研修旅行で訪れた時、暇を見て 橋を見に行った。白いアーチ型の橋脚を持つ近代的な橋にガッカリした。ちなみに映画の舞台になった場所は、その目的のための旅行はないが、デシーカ監督 ジェニファージョンズ・モンゴメリークリフト主演「終着駅」の舞台ローマ テルミニ駅 ジェームスディーンの「理由無き反抗」の舞台 サリーナス、最近では2年前訪れた「アンタッチャブル」のシカゴ ユニオン駅 大階段・・・・チョット足を延ばした所は結構あるが、いずれも映画の場面が偲ばれ感動したが、Waterloo Bridgeだけは例外だった。

類語大辞典 2003,1,7

年賀状も元旦に始まり、日々配達される枚数が減り、今日は数枚となった。あっという間に七草。学校も明日は三学期の始まり、ようやく平常の生活に戻る。年賀状で思い出したが、昨年暮れ、講談社から、新しく出版された類語大辞典を買い求めた。文章をワープロ、そしてパソコンのワープロ機能で書くのが普通になってから一昔。最近のソフトは、間違いやすい漢字は、その意味と共に、選択できるよう表示され、便利にはなったが、それよりも加齢のせいか、文章を書いていて、なかなか、欲しい言葉が頭に浮かばなくなった。店頭で見て、気に入り早速買い求めた。一般の国語辞典のように使うことも出来るが、意味で100に分類「00 生きる・死ぬ」から始まって「98 ない・なくなる」まで、人にかかわる語群から、物にかかわる語群。すべてにかかわる語群へと展開されており、言葉そのものが、浮かばなくなってきた、小生にとっては、編者の言葉に「日本語を日本語で分類した脳内辞書である。」といっているが、その通りで便利に使っている。是非 同様の思いをされている方は、店頭でご覧になって見ては・・・絶対お薦めです。(講談社 02年11月19日第一刷 発行 定価6500円)